想い
それぞれがいろんな想いを持って生きている
しかし想いが形になることは少ない

海藤節生の想い
ゆらゆらゆれて
めぐりめぐる想いを書き溜めている

七ヶ宿へ越してきて使命感に燃え想いを形にしようと
頑張った!
本当に頑張ってきたつもりだった
だけど想いを語り合う時間が必要だったのかもしれない
共に想いを寄せ行動する人は少ない

今年、ひとりの想いが大きく大きく広がっていった
被災地支援で知り合った仲間たち
それぞれが復興というベクトルで物事を考え行動してきた

そのプロジェクトが七ヶ宿に広がってきた
毎朝の水やり
みんなの想いをつないでいく
使命感の中、成長の姿を見ると嬉しくなる

荒れ果てた裏山に数年前から手を入れさせてもらっている
荒れているから自然に出た行動だ
みんなが山に入り森が元気になってきた
お客さんたちが声をそろえてきれいになったね~と喜んでくれる
山主さんはそんなことには無関心
たまに来ては黙って覗いて帰っていく
嬉しくないのかな?

そんな森もちょっとほっておくとツルや下草で茫々になる
小さな種に水をやるように
定期的に山に入る事が必要なんだ

よく間伐材で作った木工品、云々と口にする人がいる
間伐したあともしっかり育ててこそ語るべき言葉だと僕は思う
お世話になった大切なお庭

自然との付き合い方
身近にあって目の届く距離感
いや目が届き庭として手入れのできる範囲が
僕たち人間の言っている自然なんじゃないのかな?
そんなことを考え始める

平日はタイムスケジュール通り動き
休日は家族でレクレーション
地域で家という物の存在に意味がなくなってきた
そこに住まなくなっていい社会
うさぎ追いしあの山~♪ 故郷の庭があったから生まれた歌なのだろう

耕作放棄地も放置山林も庭と表現したら
持ち主はもっともっとちゃんと所有しなければいけないと想うんじゃないかな?

被災地のある場所が素敵な庭になっていく
今から出発だ

成長と共に水やりの時間が減ってくる
所有していなくてもそれぞれのお庭には手をかけた責任がある

限られた時間の中で生きている時間しか出来ないお庭の手入れ
欲張り過ぎた・・・田んぼは無理かもしれないな
でも
せめて裏山と、ダムハーブ、石窯広場、この三つの大切な庭とは
共生していかなければいけない
大切な仲間と想いを共有出来たのだから・・・

故郷という歌が震災以降歌われるようになった
しかし故郷の光景が目に浮かぶ人たちがいなくなったとき
すでに何気なく言葉を繰り返しているひとも少なくないかもしれないが・・・

この歌をお蔵入りさせちゃいけない
自然と人のバイブル「ふるさと」
守っていくのは、共生という理念を持った人々の暮らし方そのもの

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