5年5か月戦ってきた、人たちはこれからも自分との戦いを続ける

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19日朝
あの日からず~と変わらない海が僕を待っていた
あれから5年5か月経った
いろんなことが変わったここ

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子どもたちが通っていた相川小学校
被災して無残に残る体育館の姿が思い出される
閉校式に合わせて建てられた碑がその足跡を寂しそうに眺めている

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避難所となっていた子育て支援センター
中学校跡地に建てられたと聞く
そこは集団地と呼ばれる高台にある
昭和8年の大津波の時に地域の人たちが主体となって
山を削り、石を拾い造成された場所である
隣接する山を削り工事が進められている
仮設に入居して5年以上経つ
ようやくみんなが心待ちにしていた新しい暮らしの場の形が見えてきた
折れそうなこころを
ご先祖様と共に耐え浜の根性が長い時間を持ちこたえらせてくれたのだろう

製麺が終わり
夜はお祭りの反省会
翌朝、仮設から離れ矢本に住むやよさんに預けていた耕運機を
東松島の門間さんに返しに行った
持っていく時は清さんとまりちゃんと一緒だった
三人で牡蠣をたくさんご馳走になったっけ~
門間さんはカニをたくさん採って僕を待っていた
清さんの訃報を伝えるととても寂しそうにしていた
震災のご縁、震災のつながり
あの辛かった時と今も戦っている人たちがたくさんいる
だから忘れない
僕はず~と一緒だよ
と、想い新たに頑張る
大丈夫!

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5年5か月戦ってきた、人たちはこれからも自分との戦いを続ける への2件のフィードバック

  1. 栗原のナベ より:

    さっぱりお手伝いに行けず、スミマセン。熱が冷めたわけではないのですが…自由な時が少なくなったような、特に今年は余計に私も家内も…(-。-;

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